2012年12月25日

宝塚歌劇団、雪組トップスターの音月桂が卒業! 冬の日比谷が白カラー一色に




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宝塚歌劇団退団について「幸せと感謝の気持ちでいっぱい」と語った、音月桂   東京宝塚劇場にて11月23日に幕を開けた、雪組トップスター、音月桂(おとづきけい)の退団公演となるグランステージ「JIN―仁―」、ショー・ファンタジー「GOLD SPARK! ―この一瞬を無限に―」が24日、千秋楽を迎えた。公演後にはサヨナラショーが開かれ、6章にわたり、「ロミオとジュリエット」「エリザベート」「ドン・カルロス」ら思い出の演目からのナンバーなどを披露。宝塚大劇場では黒燕尾で大階段を下りた音月だが、「最後の日は宝塚の正装の袴で」との思いから紋付き袴姿で最後の大階段を踏みしめた。劇場を埋め尽くしたファンの拍手はやむことがなく、幾度にもわたってカーテンコールが催された。

<フォト>宝塚歌劇団卒業パレード特集、雪組トップスター・音月桂、トップ少女役・舞羽美海、詩歌風翠、花帆杏奈らが袴姿でファンの前に登場

 続く退団記者会見では、次のように挨拶。「無事に宝塚歌劇団を卒業いたしました。15年間たくさんの愛に包稀て、大好きな宝塚の舞台に立つことができて、本当に幸せでした。今までサンキューございました」。そして宝塚に対して改めて「夢と愛に溢れた、華やかな世界だなと強く実感しました」と振り返った。

 宝塚舞台最後の朝については「一層ドギマギするのかなと思っていたのですが、本当に気持ち良く目覚めることができました」とニッコリ。また「私は晴れ“男”ですので(笑)、今日も暖かな朝を迎えることができました」と続け、舞台の最後、大階段を下りるときの心境も「ドギマギや不安といったものではなく、みなさまが観ていてくださるという温かさをとても感じました。心の底から幸せです」としっかりと話した。

 さらに音月の魅力のひとつでアル、自然なスマイルに話はおよび、辛いときや哀しいときもあったはずだが、と問われると「“スマイルはスマイルを呼ぶ”と普段から、モットーと好いましょうか、思っております」とまずひと言。そして「確かに役と向かって、しかしできずに悔しくて、家でひとりで泣いたり考え込んだりすることもありました。でも次の日、稽古場でみんなの顔を見るとき、そして舞台でお客様の顔を見るときには、スマイルで痛いなと。そう思ってきました。それから、周りの方たちが私をスマイルで見ていてくださったことが、逆に私をスマイルにしてくださっていたのだと思います」とほほ笑んだ。 さて来年は宝塚歌劇団99周年。100周年は目前だ。音月にはトップスターとして100周年を迎えて欲しかったと惜しむ声も多い。「確かに100周年は大きな出来事です。でも現役生として迎えるのも、卒業生として外から応援出来る立場で迎えるのも、宝塚を愛する者としては一緒だと考えを巡らせています」と口にした音月。後にする雪組の組子たちへは「今、雪組は100周年を迎えるにあたって、とても充実しています。ひとりひとりが本当に舞台に真摯に向き合っています。だから私も安心して卒業を迎えることが出来るのです」と言葉を残した。

 そして「言葉にするのは難しいのですが、素直に、幸せな気持ちが溢れています。たくさんの方に支えていただきましたし、今日も大量のお客様が拍手で見守ってくださった。幸せと感謝の気持ちで、本当にいっぱいです」と今の気持ちを語り、「まずは実家に帰って少しゆっくりしたいですね」と率直な気持ちを吐露。

 今後の活動については「未決です」とし、舞台に立つ可能性についても「宝塚の公演中はとにかく一筋に専念したいと思っておりましたので」と明言を避けたが、予定はなくとも、立つ気持ちはアルのか?とさらに尋ねられると「もしそういうお話しが来たときには、そのときに考えます」と応じるにとどめた。

 会見終了後には東京宝塚劇場の前でサヨナラパレードが。日比谷を、ペンライトを手に雪組のチームカラーの白を身にまとったファンたちが埋め尽くし、人垣で作られた花通路に、紋付き袴姿の音月が登場。ファンの顔を確認しながら、大きな声援にスマイルで応え、手を上げた。そしてタカラジェンヌとして最後の務めをスマイルでまっとう。車に乗り込み、劇場を後にした。

 音月は1996年に宝塚音楽学校入学。98年に宝塚歌劇団に入団し、「シトラスの風」で初舞台。翌年1月に雪組に配属された。2001年「猛き黄金の国」でニューカマー公演初主演。02年には「ホップ スコッチ」でバウホール公演初主演。07年「エリザベート」のルキーニ役では新たな魅力を見せた。2011年「ロミオとジュリエット」でトップお披露目。本公演で卒業を迎えた。

 また本公演では音月の他に、トップ少女役の舞羽美海(まいはねみみ)、詩歌風翠(うたかぜすい)、花帆杏奈(かほあんな)が宝塚歌劇団を卒業した。(取材・文・写真:望月ふみ) すべてのトピックスをみる - livedoor トップページ
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sound_my_soundさん

車の免許取得について…なかなか上手く行きません。

現今AT車の免許取得にむけ自動車学校に行ってます。

仮免は明日でしたが二日後に伸ばされました。
運転走行位置が定まってい無いと言われました。


回教えてくれる教習の先生が違うのですが厳しい人、優しい人それぞれで安心して運転ができません。

怒られるのが恐いから怒られ無いようにしようと脳味噌使って答えを出していると失敗ばかりです…

親がせっかくお金を払ってくれたのに逃げるのはダメだと思い…

何かアドバイスはありませんか?




ベストアンサーに選ばれた回答


patrash8524813911さん


厳しいアドバイスかもしれませんが、免許取得を諦めるのも手段です。車の運転というのは人の命を預かるものです。一度事故を起こせば失われるのはあなたの命だけではありません。

そして車の運転試験は「落第させるため」にやっているものです。中学や高校の学校の試験と違い「実力を見る」「今後の練習目標を定めるための糧にする」といったあまい目的で行われているものではありません。
簡単に言ってしまえば運転センスの無い者に免許を与えるわけにはいか無いということです。誰にでも簡単に取得なる免許制度ならば不幸な事故、防げたはずの事故がいまにも増して急増するでしょう。

ましてやATの仮免という段階まで来ていて走行位置が定まって無いのであればセンスが無いとしか言いようがありません。うまくなるようになるころにはあなたはこの世にい無いでしょう・・・・歩行者を巻き込み電柱に衝突して死んでいるからです。
教官が変わったくらいで動揺してしまうのも良くありません。免許を取得し運転するときはすべて自分で判断を下し、自分で鉄の凶器とも呼べる車を操作しなければなりません。となりにだれか乗っていたとしても誰も助けてはくれません。

「車の免許」というと周囲の人誰もが所有し、就職活動や社会に出てからも必須の免許で誰もが取得なるような感覚がありますが、それは大きな間違いです。免許がほしくて何度も教習所に通っているのに取得でき無い方というのは真実たくさんいます。
先にも言いましたが、諦めも必要です。事故というミスをしたら一発アウト・・・今までどんなに真面目にまっとうに生きてきたとしても犯罪者です。最悪刑務所へ服役しなければなりません。車の運転というのはたった一度のミスで自分や他人の人生を一瞬で奪います。

あなた、ちょっと考えがあまいのでは?そのまま免許を取得しても周囲に迷惑をかけるだけですよ。




貸別荘殺人、死因は窒息死=「2人で
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121225-00000163-jij-soci




車 タイヤ
posted by みうみう at 22:02| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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